2008年11月14日

「キャッチー」ということ。

先日ここに、「リズム天国ゴールド」にはまっているということを書きましたが・・・。

リズム天国のプロデューサーは、つんく♂さん。
私はこれまで、つんく♂にも、モーニング娘。(ハロプロ、ですか)にも、「売れてるなぁ」「商売上手だよなぁ」という程度で、さして関心はなかったのです。


しかし今回、リズム天国のおかげで、モーニング娘。とか、あややとかといった媒体なしに、つんくの作る曲というのがどういうものなのか、純粋に聞くことになったわけです。
すると・・・これがアナタ、耳に残るのです。音の進行がわかりやすく、覚えやすい。
ふと気づくと、頭の中でリピート再生しているというか、歌ってしまっている、という状況。
だから、カラオケでも流行るわけですよね。誰でも歌いたくなるし、それなりに歌える。
「キャッチー」というのは、こういうことなのだな、と。
実にしっかりと計算されたメロディーラインだと言えるでしょう。
スキがない(特に「商売」という観点から見て)。
好き嫌いは別として、脱帽、です。素直に感嘆。


さて、そんな折も折。
昨晩、夫が、携帯で着メロをダウンロードしようとしていました。
夫も私も、奥田民生さんの大ファン。
「奥田民生」で検索して、曲を探すわけですが、視聴すると、どれもピンとこない。
なぜだろう?と、夫と考えました。
もちろん、着メロのアレンジが上手くない、という要因も大きいでしょう。しかし・・・そもそも、メロディーラインが着メロに向かないのではないか、と思うのです。
音の数もアップダウンも少なく、なおかつ、微妙に素直じゃない音の進行。
考えてみると、先日、発売された民生さんのトリビュートアルバムも、「なるほど。」と納得できる曲は少なかった。いわゆる一流どころが集まってカバーしているのにもかかわらず、です。
これはつまり、奥田民生さんの曲は、奥田民生さんの声と歌唱があってこそ成り立つものなのだ、ということなのではないか、と。
一見、誰でも歌えそうでいて、その実、人に聞かせられるレベルで歌うのは、民生さん以外の人間にとって、不可能に近い(井上陽水さんは、さすがにすごかったですけど)。
要は、「キャッチー」ではない、わけです。


どっちがより優れている、とか、どっちがより才能がある、とかいうハナシではなく、「全然、違うのだ」というハナシ。
今さらですし、当たり前なんですけど、私としては腑に落ちたので。

さ、民生さんをBGMに夕食の後片づけを済ませたら、リズム天国やろっと。

posted by nahomama at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。